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デジタルについてトッププロファーム勤務の藤谷が書き綴ります。

財務分析の隠れた名著 - 財務デューデリジェンスの実務 PwC

財務分析とは、そしてFDDとは

ぼくにとって会計士とは監査をする方ではなく、MAの際にFDDレポートを書いてくれる方である。が、このFDDレポートとはとかく馬鹿にされがちな代物である。特にファンド若手は「会計士が書いたレポートなんて、ビジネスインサイト零だし読む価値ない」みたいなことを平気で言うし、しかもそれが周囲の同意を得られるケースが多い。要は会計面でしかビジネスが見れない人種がやったビジネス分析なんてみたいな視点でディスられている。

が、ぼくはFDDレポートは案件で配布されることがあったら必ず熟読する。よく出来てるな~と思うからである。体系的な知識を身につけた方達が、それに則って書いてる感じがBDDレポートよりもぼく好み。FDDは大抵はBig4に発注されることが多いけど、EYかPwCがいいレポートを書くような気がする。


財務分析の隠れた名著 - 財務デューデリジェンスの実務 

で、そのFDDの作成を実務レベルで書いているのがこの本。あまり認知度はないというか、ほとんど零の様に思うけど、とてもいい本である。いきなりM&Aの実務に取り組むことになったという気の毒な事業会社の担当者が最初に読むことが多いと聞くこともある(PwCが配ってるのかも。)


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財務分析系の著作はそれはもう星の数ほど出ているし、財務三表一体理解法というベストセラーも出ているんだけれど(これはこれで良い本)、どうも実務レベルにつながらないと思ってしまうことが多い。簿記やっちゃった方がいいんじゃないだろうかと思ってしまう。が、いくらなんでも簿記だけじゃな、、、みたいなところをちょうど埋めてくれている。これなんで全然評判が立たないんだろうか。簿記1級取得して、この本を完璧にしていれば大抵の財務分析は問題ないはず(valuation除く)。

主に学生さんが対象になるかとは思いますが、FDDレポートってなんぞやという際には下記のリンクに詳細があります。要はMAの際のリスクを財務面から洗い出してくれる作業なのですが、誰にも読まれないと批判されることが多いです。財務面にスコープを限定して書いているので、ビジネスの要素が排除されていることが多いからですね。例えば昔のメルカリみたいな誰がどう見たって将来は明るい超イケてるベンチャーでも、過去実績に基づいて評価されると、ただの赤字会社になるとかそういうことです。が、ぼくはきっちりした体系知識をもった方達がプロの仕事をしてくれるので毎回熟読してます。


FDD Overview
https://cdn.ymaws.com/www.feiboston.org/resource/dynamic/blogs/20160223_122944_15241.pdf

実レポート(の雰囲気が伝わる)
http://www.bechbruun.com/-/media/Files/Videncenter/Kursusmateriale/2018-risikoafdkningsseminar/Finansiel+due+diligence.pdf?la=da

重要なこと、ファイナンススキルの特性

ファイナンス職の未来は暗い模様ですが、ファイナンススキルは必須スキルであることに変わりはありません。いまのランドスケープファイナンス職につくのは望ましくないけどファイナンススキルは必要というちょっと厄介なものなんですね。

サブスキルとしてのファイナンススキル

スキルにはそれ単体で価値を生めるメインスキルと、メインスキルとの組み合わせでなければ価値を生めないサブスキルがあります。サブスキルの王様は常に英語です。ここ数年、サブスキルとしてのプログラミングが台頭してきていますが、ファイナンススキルもそんな風になっていきそうです。いまのランドスケープファイナンス職に突撃して、ファイナンススキルをメインスキルと位置づけるのはあまりオススメ出来ません。というか止めたほうが良いです。

"Dramatic Change" Ahead: Robots Are Coming For 200,000 US Banking Jobs
https://www.zerohedge.com/technology/dramatic-change-ahead-robots-are-coming-200000-us-banking-jobs

それと同時にtwitter worldではメガバンク職や証券関連職のオワコン論が若干煽られ過ぎな様に思います。前述の通りファイナンススキルが必須スキルであることに変わりはないのです。"ファイナンス職につくことなく"、"サブスキルとしてファイナンススキル"をどう身につけていくかがイシューになっていきそうというのがぼくの読みです。

ファイナンスの勉強をはじめようとする方が最初にやる失敗

ところでファイナンスの勉強をはじめようとする方が最初にやる失敗は、MBA関連のファイナンスの本をいきなり買うことです。ぼくはこれには反対です。実務への貢献性が非常に低い行動だからです。もうひとつ「(特に根拠もなくイメージで)簿記を馬鹿にする」という行動があります。これも本当に損です。下手すると一生ものの損だと思います。英語やプログラミングもそうですが、人生の早いタイミングで出来るようにしてしまった方が圧倒的に得です。

過去記事
1.簿記 - それは馬鹿にする誰もが甚大な損をするサブスキルの大臣 (1/)
http://touya-fujitani.blogspot.com/2018/08/blog-post_8.html
2.
Audible - あるいは最高の会計学習法 (2/2)
http://touya-fujitani.blogspot.com/2019/08/audible-2223.html

ふわっと全体像を掴める本って読者のことを考えているようで、考えてないんじゃないか
と思うことが多いです。結局の所、実務で役に立つということが達成されないならば、そこに繋がらないならば、読者に対する貢献性はないのです。¥1,500くらいのビジネス本が出ては消えていきますね。かといって、あまりに専門家向けのガチ本でも困るのです。

つまり、対象者が初学者でかつ実務への貢献性が高いというところを狙いすましてくれている本が望ましいわけですね。そういう意味でこの本は非常に有用です。あまり有名じゃないのは何故なんでしょう。

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特に戦略ファーム組は「BS分析が出来ない」とか伝統的にディスられることもありますが、簿記1級とこの本の内容が完璧に頭に入ってれば困りません。

FDDは大抵は監査を担当していないBig4のどこかにオーダーすることになるとは思うのですが、案件概要にもよりますが、海外子会社の数が多かったりすると普通に数千万になったりします。なのでそうそうお手軽にオーダーするわけにもいきません。ぼくは以前からこれ結構会計士じゃなくても対応可能な領域が多いと思ってました。が、別にFDDをBig4に頼まなくてもいいようになることが目的ではないのです。そもそも実際のFDDは企業内部のデータの開示がなければ出来ないことですし、QAやりとり、マネジメントへのインタビューと組み合わされて実施されるので、現実的じゃないです。

ではなにを目的にするのかというと、この本は「企業実態を財務視点で捉えられる様になる」という基本中の基本スキルを身につけるのに有効です
。というか、そもそもFDD自体その為のものなのですけど。FDD視点でパッと企業を見ることが出来るのが重要です。IRを読んだだけで分かった気になっている状態から一歩前に踏み出せますね。

FDDの論点

会計士の方には絶対に怒られますがFDDの論点って大抵一緒です。なんでもう覚えちゃった方が早いです。ほんと色々なFDDレポートを読みましたけれど、大抵はこの論点です。

PL論点:QOE分析、Historical earning分析、LTM分析、Projection

BS論点DDL、NetDebt、純資産分析

CF論点:Working Capital分析、CAPEX分析

企業固有論点:大抵はバリューチェーンかビジネスモデルに由来する論点

なんだか大学受験の頻出問題みたいだなといつも思ってました。AIで置き換えられるとかディスられちゃうのは、要はFSデータなので元データが綺麗なデータであることが多いことと、こういうところから来ていそうです。会計士の方は、FDDの本質はマネジメントへのインタビューとQAにあるとかたまにおっしゃいますけどどうなんでしょう。会計論点も含めてツール対応出来るようになるとしか思えませんが。ぼくはFDDレポート自体は体系的知識をしっかり持った専門家の方が行うサービスなので個人的には好きなのですが、マーケットとして未来が明るいかどうかはまた話が別ですからね。PwCが全世界の社員を対象に$3 billionのトレーニング投資を行うと発表していました。

'If you opt in, we will not leave you behind' — PwC's global chairman announces a $3 billion investment in job traininghttps://www.businessinsider.com/pwc-announces-3-billion-job-retraining-investment-as-competitive-edge-2019-9

当然これは「PwCが従業員に優しいいい会社」だからでなはく、現場の社員からの危機感と不満が猛烈だからだと思います。PwC側としてはオールドスキルしかない人材は解雇してしまってその時のランドスケープに適応した最新のスキルの人材を採用すればいいだけの話なんですが、当然社員側はそういったことを警戒するわけですね。

このニュースを見ても思いましたが、トップ金融機関で激務と社内競争にさらされると、スキル更新が出来なくなります。その状況下でこういうことになるというのは現代の罠の様な気がします。
HSBC to axe up to 10,000 jobs in cost-cutting drive
https://www.ft.com/content/b43e7b3e-e6c7-11e9-b112-9624ec9edc59

なので、"ファイナンス職につくことなく"、"サブスキルとしてファイナンススキル"をどう身につけていくかがイシューになっていきそう"というのがぼくの読みです。


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https://touya-fujitani.blogspot.com/2018/08/5.html